トラストコーチングスクール開講!
しおりストーリー

自分の原点を見つめ直す

わたしがどんな生い立ちでいまどんな人間なのか、ご紹介する場がなかったので3回にわけてお届けします♡

内弁慶な、幼少期

平成3年生まれのわたしは、人前で発言することが大の苦手。幼稚園時代からピアノを習っていましたが、発表会では号泣し、お母さんがそばにいてくれないと不安で押しつぶされてしまう子でした。

他の子はできるのに、なんで自分はダメなんだろう。
子どもながら、そう思っていました。

小学校に上がっても内弁慶なところは変わらず、クラスの中で目立つこともなく、過ごしていました。たくさんの友達には恵まれたので、楽しい日々を過ごしていましたが、心の中では学級委員など人前に立つ係に憧れていました。

脱・内弁慶!

小学校中学年になったとき、学芸会の出し物で、学年全体でミュージカルを行うことになりました。

ピアノができる子がほとんどおらず、習っていた子は全員、ピアノの伴奏を行うことになりました。
東京でも田舎の公立校に通っていたので、学年120人いてもピアノが弾ける子は片手ほどしかいなかったのです。これが、わたしの内弁慶ブロックを外すきっかけの出来事でした。

緊張で震えながらも、ピアノの伴奏にチャレンジし、クラスメイトとの練習も引っ張る立場になり、当日は大成功。「自分だってできる!」という自信が溢れ出てきました。

そこからは、高学年では学級委員を務めるなど人前で話すことも苦ではなく、むしろ自分がリーダーシップを発揮することにやりがいを感じるようになりました。

努力の中学生時代

中学校に入ったとき、同じクラスにはほとんど知り合いがいませんでした。主に2つの小学校から生徒が来ていたのですが、わたしは仲の良い友達と学区が別だったので、突然ひとりぼっちに。

大好きな音楽つながりで吹奏楽部へ入部し、無事友達もできました。入部当初、3学年で30名もいないような弱小部でしたが、アットホームなところが居心地よかったのを覚えています。

負けず嫌いなメンバーがとても多かったので、昼休みに自主練をし、毎日放課後もパートメンバーで練習。夏休み返上で、コンクールに向けて打ち込んでいました。そのおかげで、卒業時には50名近い部員を抱え金賞を狙うまでの部へ成長しました♡

部活を通じ負けず嫌いへと成長したわたしは、塾での勉強にも打ち込んでいました。おかげで学年1位の成績を取り続け、希望の学校へ推薦入学。

努力は、絶対に裏切らない。と学んだ3年間でした。

人前で話す楽しさと、努力の大切さを学んだわたしは、
このあと大きな世界へと飛び出していきます。